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ラヴィナの行方 ②

last update Huling Na-update: 2025-06-07 22:53:00
「エドワールさん!」

 セラの声が広場の喧騒を切り裂いた。

 アークセリアの運河が陽光に輝き、水鏡のように街の美を映す。広場の舞台では水の流れを模した舞踏団の衣装が笛と太鼓が波のように響いていた。

「おお、セラ、久しぶりだね。もうクローヴ村から戻って来たのか?」

 落ち着き払ったエドワールの声は舞踏会の主催者らしい自信に満ちている。

 セラはアリシアと会えなかったことへの沈んだ気持ちを受け止めるように、そっと目を伏せた。

「セラ、アリシアはセラがクローヴ村に来れなかった理由を知ってる。アリシアは気にしていない。それに、きっと。すぐに会えるよ」

 リノアがセラの肩に手を置いて励ました。

「会えなかった? クローヴ村で何かあったのか」

 エドワールが舞台の幕を整える手を止め、セラの様子に目を向けた。

 エドワールの鋭い眼差しが三人を捉える。

 セラは深呼吸し、マルグリットに話したようにエドワールに説明した。

「そうか、それは災難だったな。でも何もなかったんだろ? 見たところ怪我もないし」

 エドワールは腕を組みながら、セラの言葉に耳を傾けた。

 その様子を見ていたリノアが口を開いた。

「それなんですけど……青白い光と森の異変、それに崖崩れは、どうやら鉱石が関係しているようなんです。崩落現場では多くの人が怪我をして……亡くなった方もいました」

 リノアの言葉には深い悲しみと重みが滲んでいる。

 エドワールは表情を引き締めて、ゆっくりと視線を遠くへ向けた。

 舞台の喧騒が遠ざかり、エドワールの鋭い眼差しが何かを思案するように細められる。

「鉱石……」

 エドワールは呟いた後、慎重に言葉を選ぶように続けた。

「それでラヴィナに繋がったのか」

 広場を吹き抜ける風がエドワールのロングジャケットの裾を揺らした。

「エドワールさん、ラヴィナさんがどこにいるのか知りませんか?」

 リノアの問いに、エドワールはふと視線を落とし、運河の水面を見つめた。

「ラヴィナは数週間前に禁足地の原生林へ向かった。アークセリア北部の山脈で新しい鉱脈を調査すると言ってね。数人の研究者と出発したんだ」

 エドワールは舞台の幕を調整しながら言葉を続けた。

「ラヴィナは舞踏会の後援者であると同時に、首席鉱石学者でもあるからね。いつも調査や報告に追われていて、街に長く留まることは少ない」

 そう言って、エドワー
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